池村寛世は高校時代に留学していたって本当?
また、その詳細について知りたい!
そのほか池村寛世の中学校や小学校はどこなのか、池村プロの学歴や競技成績についてさらっとリサーチしちゃいます^^
実は親からは「稼ぐことができなければ家業を継げ」と言われていた10代。
本気で夢を掴みに海外で修行し見事プロ転向した池村寛世の高校時代!
プロになったものの、同じ鹿児島出身の選手が優勝していく中自分だけが取り残されていく…。
しかし何があっても決して後ろを向かずに前だけ向いて邁進していったそんな学生時代が垣間見られました。
池村寛世は高校時代に留学!
池村寛世は高校時代に留学していたとのことですが、その詳細は?
調べてみると池村寛世が高校の時に留学していたのは本当のようです。
その池村寛世の高校時の詳細についてですがJapan Golf Tourの選手プロフィールに書かれていました。
それによると池村寛世は高校2年の時にオーストラリアに半年留学。
当時高校2年生だった2012年に豪州に留学した。
GDOニュース 池村寛世
オーストラリアに滞在中はゴルフの腕を磨き、なんと池村寛世は高校をその後中退し13年にプロ転向したとのこと。
まさに池村寛世の高校の留学は英語留学とかではなくゴルフ留学だったんですね。
ところで実家はさつまいも農家を営んでいるとのことで、もし稼げなければ家業を継ぐことを父と約束。
銘酒「魔王」の原料になる「紅はるか」を作っているようです。
当時は畑の手伝いをしながらツアープロになったというのですからなかなか逞しい!
転戦費用を頼らないというなんともしっかりした長男だったようです。
池村寛世が高校を中退してプロ転向する頃は、将来に対する心配事よりも「この道でやっていく」と覚悟を決めた年だったんですね。
親も始めは「稼がなければ家業を継げ」と言っていたのが徐々に「ゴルフ頑張れ」に変わっていったとのこと。
親にも本気を見せつけた、そんなゴルフ人生だったのかも知れません。
池村寛世の中学校は志布志!
池村寛世の中学校は志布志中学校とのことですが、これは本当。
Japan Golf Tourのプロフィールに書かれています。
ところで、この「志布志中学校」はなんと読むのか?
調べると「しぶし」と読むそうです。
同中学では大相撲力士や、競泳選手なども輩出しているとのこと。
このように、スポーツ選手を多く輩出する学校の様です。
部活動に力を入れているのかも知れませんね。
ちなみにこの頃の池村寛世のゴルフの成績もなかなかなものでした。
JAPAN GOLF ASSOCIATIONによると、池村プロが中学生の時には以下のような成績を残しています。
<2008年>九州ジュニアゴルフ選手権 22位 鹿児島県ジュニアゴルフ選手権 3位
<2009年>鹿児島県ジュニアゴルフ選手権 2位
<2010年>九州ジュニアゴルフ選手権 4位 日本ジュニアゴルフ選手権競技男子12〜14歳の部 CUT39位
ゴルフを始めたのは10歳の頃ですが、もう既に中学の頃にはその頭角を表していたのでしょう!
池村寛世の小学校は鹿児島?
池村寛世の小学校は鹿児島にあるの?
ということですが、調べても学校名については公表されておらず学校は特定できませんでした。
先ほどの志布志中学から考えられるのは以下の6つ。
- 志布志市立志布志小学校
- 志布志市立香月小学校
- 志布志市立安楽小学校
- 志布志市立潤ケ野小学校
- 志布志市立田之浦小学校
- 志布志市立森山小学校
このうちのどれかの可能性があります。
ところで過去のインタビューでこんなものを発見。
鹿児島県出身のゴルファーってみんな優勝していて、僕だけが取り残されている
ワッグル「彼女と出会わなかったら…」池村寛世、“恋人キャディ”との初優勝について語る
これは21年初優勝を果たした時のインタビュー。
鹿児島県出身の選手が次々と白星を勝ち取っていく一方で自分はなかなか結果が残せなかったことに焦りを感じていたとか。
自分も”鹿児島出身”の選手なのに優勝できずにいたことを焦っていた様です。
ちなみにこの時に名前の上がった香妻選手と稲森選手は小学校の頃から知っているとのこと。
香妻選手は鹿児島出身ではないものの、同じ「めだかクラブ」でゴルフの腕を磨いていた同士だったのでしょうか。
ところで、池村プロが小学生の頃の競技の成績はというと驚きの内容!
<2007年>鹿児島ジュニアゴルフ選手権 優勝
2007年以前のものを見つけることはできませんでしたが、優勝してしまうほど当時から才能があったことは確かな様です。
もしかするとこの頃から「本気でゴルフで食べていく」ことを考えていたのかも知れません。
まとめ
以上、池村寛世は高校の時にオーストラリアに半年留学し、ゴルフの腕を磨いていたこと。
そして翌年には高校を中退し本格的にプロ転向していた事実がありました。
さらに小学校や中学でもゴルフでの成績もまずまずだった。
しかし、プロになり地元の顔見知りが優勝していく中自分はなかなか結果を出せず焦っていた時期もあった様です。
さつまいも農家を営む親からは「稼ぐことができなければ家業を継げ」と言われていたものの、今ではプロとして好成績をおさめるまでに。
そして池村プロが20代になる頃には親も「ゴルフ頑張れ」と応援するようになったとか^^
そんな本気で自分の夢を勝ち取った池村プロ。
今後もどんな快進撃を見せてくれるのか楽しみですね!